スピリチャル9条の会〜〜boosuka-asuka’s blog

我らの戦いとは、相手を消滅することではない。 武器なきたたかいの勝利とは、「愛」で全てを包み込み「神人一体」の世を創り出すことなり。 我らと「ごく一部の存在」とのたたかいは、剣ではなく、「憲法」を以てたたかえ。そのための9であり99である。 ペンは剣よりも強し。繋がりあい励ましあいたたかえ。 とある存在の霊言より 御筆先・ブースカ明日香

審神者/その15

北極ミミズより追記

 昨年の3月8日の記事 (改めて・・内部告発の呼びかけ(^^)/  https://boosuka-asuka.hatenablog.com/entry/2020/03/08/175825で、私の母は「高知市方面から」飛行機が飛来した、と言っていたのですが、一昨日と本日(11/12〜14)、再度母に飛行機の機首はどちらを向いていたのかを尋ねました。すると、「高知市方面へ」北から南へと向かって行ったと発言を修正しました。(誘導したわけではありません。また、米寿に近い母ですが、認知症はありません。)

 母が言うには、「初めて自分があの日に大きな飛行機を見たことを真剣に聴いてくれる人がいたので、その体験を懸命に話したのだけど、飛行機の方向は間違えて言ってしまったみたい」とのこと。

 実際のところ、私も当時、母の体験を真面目に聴いていなかったので、母の体験と記憶がどうだったのか、究明はできないのです。読者の皆さん、ごめんなさい。親娘揃って空間音痴というべきでしょうか。

ブースカ明日香>記事掲載から一年半以上経過していますが、当該部分は修正しました。】

 
123便に起こったこと(2)

 次に、123便について集団で行った審神者について書いていきます。参加した4人全員が霊能力者、以下それぞれの霊的スタンスを紹介します。

 Pさんは先に書いたとおりです。

 Qさんは123便の高濱機長及び坂本九神様と繋がりが深く、そのため123便事件全体について造詣が深い方です。

 Xさんは、123便を攻撃したと思われる関東某所の基地の兵器、及び123便のどなたかに対して霊的に繋がっておられる方です。

 最後の私は、123便の機体としての記憶と、乗客だったらしい女性の記憶を持っています。

ブースカ明日香より>123便の機体=ジャンボ機も、管制塔に設置されていた通信機器も、さらには関東某所に設置された兵器(おそらくプラズマ発生装置)も。すべてが、呪詛転換により「付喪神から九十九神(つくもがみからつくもがみ)」へと転換され、私たちに協力してくださっています。

また今回の「集団による審神者」には、わたしはオブザーバーとしてしか参加が認められませんでした。理由はわたしがこれまで散々123便についてのブログ記事を書いて来たこと。一つの事柄について知識を溜め込んだ人物は、とんでもない誤誘導を引き起こす可能性が高い。なのでわたしは各々に助言はできるが、審神者の内容について口出ししてはならない!!という立場なのです。

そこで、123便に関する地理や事件そのもの、あるいは霊的内容と意味についてほとんど白紙状態のミミズさんが今回のリーダーとなり、他の三人を牽引する事になったわけです。】

 

 4人で集団的な審神者をスタートしたのですが、結論から言うと、神様からご指定の90分間では短すぎたこともあり、未解明の部分(下記)が多いため、近日中に再度実施予定となっています。

 図(1)の白い日本地図に描き出された航跡で、能登半島方面に向かった123便の状況については全くわかりません。

 また、Pさんが管制機器からいただいた記憶では、123便は大阪に向かい、次に四国中央部に到着しており、四国・中国方面の2方向を足して2で割ったような航跡になっています。この件もよくわかりません。

 

 今年の8月12日の本ブログ日本航空123便機長、高濱雅己に聞く。https://boosuka-asuka.hatenablog.com/entry/2021/08/12/153127で、高濱機長始めクルーの皆さんは、乗客の安全のために羽田に帰ることを追求されていたことは明らかにされています。

 今回の審神者でもQさんは、123便コックピットの3人が羽田帰港への強い意志を持ち続けたことを強調されており、Pさんは「埼玉県狭山周辺まで羽田に帰ることを希求していた」が「さやま(埼玉県狭山市大阪狭山市)でワープしたと聞こえた」と話していました。

 

 実は「123便の機体」としての私には、その記憶は多くありません。

:1つ目は離陸の前のようで「飛行機などの間をゆっくりと地上走行している。今回のコックピットの3人は信頼が置けるなあ、と考えている」もの。

:2つ目は「腹(機体底部のことらしい)が熱くて痛い」という悲鳴。

:3つ目が「富士山を真横(左手)に見て飛んでいる。機の下半分は雲の中」というもの。

:そして最後の4つ目が「突然山の中に来た。目の前の山がどんどん近づいて来る。コックピットの3人が必死なのがわかる。山体が目前となり、もうダメだ!!と思っていると、なぜか自然に機首が上がり尾部は下がり、機体は山の斜面にソフトランディングできた。しかし、2度の照射を受けて、腹がものすごく痛いと嘆いている」というもの。

 

 Pさんも123便が富士山のすぐ東を飛行したことを肯定してくれました。

 Xさんは審神者の途中「機体が真上を向いた」のを見て、さらに乗員か乗客の1人と合体したらしく「ものすごい恐怖感と震え」を訴えていました。

 

 ところが、私には自分が垂直になっていた(機首が真上を向いていた)記憶がありません。また、2度目の照射攻撃をどこで受けたのかのかも覚えがないのです。

 

 一方、乗客の女性だったという私の記憶も多くはありません。

:1つ目は、着席した途端、あわてて自分の赤いハンドバッグを触っている場面。

:2つ目は自分の席からスチュワーデス(当時の呼称)の動きを観察している場面。

私の左横は客席、右横は通路で、通路を挟んで右側には3列の席があり、窓がありました。私の前にはもう一列あり、その前は左右の通路、私はその向こうに見えるカーテン奥のスチュワーデスの動きが気にかかり、「忙しそうだなあ」と思っているのです。

:3つ目は前回記載した避難の場面。機体が斜面に胴体着陸したらしいのに、外から女性の声で「大丈夫ですから安心してください。」という声が聞こえ、急いでクルー全員で外の安全を確認、なぜかタラップまで準備されており、その女性とスチュワーデスに案内されて一人ずつ列になって外に出た。暗い中、前の人の後ろに付いて歩けば安心だと思い、注意して歩いていたが、暗闇から現れた人に何かを噴射されて絶命、霊魂となって上に昇っていった」というものです。

以上

 

原文・北極ミミズ

原稿到着・11月13日(土)19:34

構成、校正、文責、ブースカ明日香

2021年11月14日(日)23:18

 

審神者/その14

日本航空123便に起こったこと(1)

北極ミミズ

 最初に、私は希代の方向音痴であり、かつ地図音痴であることを告白しておきます。

 遠出することはほとんどなく、従って地図を見て確認する習慣もなし。

 仕事関係で数年づつ住んだいくつかの地方都市や京都の地理も怪しいし、京都以北に住んだこともないので、羽田空港の場所を指せと言われても難しい。群馬と長野と埼玉の境界などは一切判定不能

 こんな状態だから人生で色々と苦労が大きいのですが、ひとつだけ例を挙げると、池袋駅の目と鼻の先の集合場所に行くのに一時間近く迷いに迷ったといえばお分かりでしょう。ちなみに帰りは五分💦。それ以外は関係ないので省略します。

 

 で、そのような私が2021年11月6日(土曜日)に神々様から「123便の航跡図」として賜った地図が図(1)【→→図(1.5)=拡大図】です。

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図(1)

 

 これを書き記す前、神様から

「白い日本地図を用意しなさい。鉛筆を用意して、心の準備をしなさい。」

とご指示があり、白地図と鉛筆をテーブルに置いたまま、午後3時に心理的に集中した上で開始しようと思っていました。

 ところが、2時40分を少し過ぎた頃、急に鉛筆を手に取ろうと思い、何も考えずに一挙に線を書き込みました。先述したように地図音痴なので、自分がどこら辺りに線を描いているかも一切不明。あっという間に航跡図を書き終えたのです。

 

図(1)【あるいは図(1.5)>ブースカ】をよくご覧ください。

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図(1.5)拡大図

 

 羽田を離陸した123便は伊豆半島を周回し、そのまま直線的、一挙に御巣鷹の尾根辺りに進んでいます。そこで3つに分裂し、最南の航路では四国の中央部に到達しています。

 

次に図(2)と図(3)をご覧ください。

 図(2)は機が分裂・出発したと思われる地域にあたる長野県南佐久郡北相木村の「回転図」。

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(図2:北相木村「回転図」)

 

 図(3)は、ジャンボ機が到達したと思われる地域にあたる高知県長岡郡大豊町の地図です。

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(図3:大豊町、住み歩きマップ/お役立ち情報-住み歩きマップ | 特定非営利活動法人 元気おおとよ http://genki-otoyo.org/useful/map/

 

 読みにくく恐縮ですが、気になる場所や情報を手書きで書き込んでます。北相木村白地図は、白い日本地図と同時にプリントアウトしたものであり、大豊町の情報は昨年の夏、わたしが抱いていた考えをまとめ、練り上げたものです。

 

ブースカ明日香より>参考図として、両自治体の観光地図を追加します。】

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(参考図1:長野県北相木村、村内地図村内地図 -http://vill.kitaaiki.nagano.jp/docs/320.html

 

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(参考図2:高知県大豊町観光マップhttp://www.town.otoyo.kochi.jp/kanko/map.php

 

 見てわかるように、二つの自治体の形は非常によく似ています。

 さらに対応する地名、山にも似ている点が多く、

※南部の山は

北相木村では御座山

大豊町では明神山

※東南部は

北相木村=長者の森

大豊町=梶が森(加持が森、とも言う)。

※地名では

北相木村=久保

大豊町=大久保

同様に、

:中尾→→永渕

:京の岩→→京柱峠

となっています。

 

ブースカ明日香より>ミミズさん曰く、二つの「図形=両自治体」は相似形であり、鏡合わせの関係。そこで、地名の類似性を考慮した結果、図2=北相木村白地図が「回転図」となっている訳です。】

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 実はこの大豊町、私の母が「123便事件当日の夕刻、大きな飛行機がゆっくり高知市方面に飛んでいくのを見た」と話した地点です。

 つまり、分裂して発着した土地の地形が相似形なのです。(青山透子さんなどが上野村で123便を見たという証言を数多く挙げられているのに、北相木村での証言は《少なくとも私は》聞いたことがありませんが。)

 

 私が自動書記によりこの航跡図を作成した翌日。123便関連で種々の情報を得ている3人(仮にP・Q・Xさんとします)にこの航跡図の話はせずに集団審神者を行いました。

 

 Pさんは、羽田の航空管制室に備えられていた古い管制用機器を見学したことを契機に、その機器の記憶とつながることができるようになった方です。

「123便の航跡を教えてください」

という私からの問いかけに、Pさんが回答してくださったものが図(4)です。

 図(1)の大豊町までの航跡と見事に一致しているのがわかります。

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(図4:グーグルマップ)

 

 何も明かしていないにも関わらず、Pさんがこの図をupしてくださり、その瞬間私は昨日自分が得た航跡図との一致に驚きました。

 

 次に、再度図(1)から中国地方に向けて出発した機の着地点について述べます。この地点は兵庫県宍粟市山崎町(ひょうごけん、しそうし、やまざきちょう)周辺ではないかと思われます。そこの地図を(図5)として挙げておきます。

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(図5)

 

 なぜ兵庫県宍粟市山崎町なのか。これには経緯があります。明日香さんと共に審神者(さにわ)をしていた先月中旬、お山のことはお山にお尋ねするのが一番と、「123便を受け入れてくださったお山は手を挙げてくださーい」と声をかけ「はーい」と手を挙げてくださったのがこの山だったのです。

 ゆるやかな斜面の上部に、平坦に近い尾根が続いています。審神者後、明日香さんとこの山まで行き、ご斎事をさせていただきました。古い岩にお話をうかがうと、斜面に飛行機がソフトランディングしたが、その後に人は降りては来ず、トラックが来て何かをたくさん運び去ったそうです。その岩の記憶の内容は、私の「乗客」としての記憶と合致点が多く、背中に戦慄を覚えました。

 

 次回は、先ほどの集団審神者において語り合われた内容について描きます。

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(集団審神者メンバー提供)

 

原文・北極ミミズさん。

原稿受け取り・2021年11月13日(土)14:08

編集、校正、文責、ブースカ明日香

2021年11月14日(日)19:48

 

おすすめホームページ(^^)/

御巣鷹山の悲劇

http://osutakayama-no-higeki.com/index.cgi?page=11&show=10

 

投稿ナンバー1番から7番までは、空白の模様です😅💦

2021年10月30日09:08

ブースカ明日香

 

追伸〜〜〜〜〜〜

以下はこちらのホームページの管理者さんの投稿です。

投稿No.7「事故ではなく、事件だった」のかもしれない
投稿者:せきたに[ 管理者 ]
投稿日:2021-04-17 09:22:50
事故調査委員会の報告書に疑問を感じ、独自の追求をされた人たちによる説が複数あるようだが、細かな点では主張が異なる。
その細かな点が重要でお互いに妥協できないという向きも感じ取れるが、「事故ではなく、事件だった」という見方では一致している人たちが多い。

→→

『互いの主張が異なり妥協できない点がある』のは、正確な資料がないことと、「機密保持という国家と個人における絶対的な制約」による「自由な意見交換」の制限などが原因のはずです。

他にもいろいろあるでしょうが、これらこそがその真の原因であるはずです。

わたしは、御巣鷹山ゲストブックに参加され、さらにこちらのホームページへ参加されるみなさんが、ネット上のみで意見を闘わせるのではなく、一堂に会して話し合いをする。これを心より望みます。

ブースカ明日香 拝

2021年10月30日09:25

審神者/その14

皆さんこんばんわ。三〜四年前、毎晩の如く、当時の師匠であった方と最低二時間の「審神者」をやっておりました。

今、毎晩行っている「審神者の定期便」のメインパートナーは北極ミミズさんです。なぜ毎晩なのか?それは、今、ここが頑張りどころ、踏ん張りどころだから!!なのです。

今夜(昨晩になってしまった(^^;;)は、昨日(これも一昨日になってしまった・・・)発表した「霊視」の続きをしていた訳ですが、ある程度まで進めたところで、またまた「霊視の結果を速報としてアップせよ」との指令=厳命が舞い降りて来ました。北極ミミズさんの報告書の続きです。ご一読ください。

ブースカ明日香

 

・北極ミミズ 2021年10月7日(木)22:06

 機体の上から見た情景をもう少し詳しく説明します。

 

 機首は1つの山の中腹に向かっていました。ところが、山に近づくに連れて機首が上がり、尾部が下がって行きました。そして、山の傾斜にしっかり沿う形で、機体は着陸したのです。機体に損傷はありませんでした。バラバラになって焼け焦げた「あの姿」は、私が見たものとは全く別物です。

 

 私は「外に出てください」という案内に従って、金属の細い階段を降りました。左右にある手すりの右側をしっかり握って、カツンカツンという自分の靴音を聞きました。私の前には中年の男性、後ろには私より年配の女性がいました。階段の下にはスチュワーデス(当時)さんがいらして、励ましてくださいました。

 降りた場所は草地で、私の前には乗客の長い行列がありました。真っ暗です。私は階段を降りて、機首を右手に見る方向に歩いて行きました。後ろから懐中電灯を照らしてくださっているのですが、横は崖かもしれないので、とにかく前の男性の後ろを慎重に歩くことにしました。前の方で赤ちゃんが泣く声が聞こえたので「赤ちゃんも助かったんだ」と思いました。

 左手には針葉樹らしい林がありました。乗客の列は、坂を緩やかに上がっていました。先頭に近い方々は、左手の林をぐるっと曲がって降りているように思えました。

 

 暗い中から男たちが取り囲んで来て、私の左手に黒い迷彩服?の一人が立った時「待ち伏せしていたみたい。まるで忍者みたい」と、強い恐怖心と共に呑気なことを考えたのが、私の最後です。その後すぐ、何かを噴射され、私は意識を失いました。

 

 私は上に上がって行きました。見下ろすと、焼かれて黒焦げになった自分の遺体が見えました。たくさんの人が黒焦げになっていました。周囲には、私と同じように下を見て呆然としている人がいました。「ということは、私は死んだのかしら」とやっぱり呑気なことを考えていたのが思い出されます。

 

 私の記憶は以上です。

 

ブースカ明日香より

 

ミミズさんと電話でやりとりしつつ、ここまでの審神者を下ろした後、考察タイムが始まった。

 

>山に近づくに連れて機首が上がり、尾部が下がって行きました。そして、山の傾斜にしっかり沿う形で、機体は着陸した

→→

これはまさに「ソフトランディング」である。

ここで解せないのは、高天原山の山中に降りたとしたら、広くて緩い坂道というのはかなりの山奥に行かねばない事。

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【画像1:2019年6月22日14:06(山中の木立)〜17:12(ϵ(^.ω^)϶と御巣鷹の尾根の階段)/6月24日04:30(南佐久郡川端下=川上山荘チラシ)6月24日11:57(安曇野ちひろ公園)】

 

また一般的に緊急時、機外に脱出する際、航空機に備え付けの「緊急脱出用シューター」が使われるはず。

ところが、審神者により一人の乗客の意識と一体化した彼女の「記憶では、手すりに掴まり階段を降りている。さらにその際「カツン、カツン」という自分の足音を聞いたという。つまり、手すり付きのはしごを利用したことになるが、それはまさに「タラップ」と呼ぶべきものとしか考えられない。

ちなみに、主翼の上を歩いた?とも考えたが、ツルツルで滑るような感じはなかったし、主翼には手すりはないと否定された。

 

彼女に脱出の番が回って来たとき、すでに三分の二の乗客が機外に出ており、彼女は機内に最後まで残った方であった。

審神者によると彼女は、階段を降りて右に曲がり、ジャンボの機体を右手に、針葉樹の木立を左手に見ながら「ゆるい傾斜の坂」を機首の方向へ、つまり坂道を登ったそうである。

 

この時なぜ坂道を下らなかったのか?それは、下手に(へたに)坂道を下った場合、滑落や遭難の可能性が増すからであろうが、行く先に学校程度の広場があった様で、そこに誘導されていたとの審神者も降りて来た。

 

これらの審神者と考察から「ファーストサイト」「セカンドサイト」の実態を再考せざるを得なくなった。

 

そこで「お山のことは山の神様に聞くべし!!」

 

この原則に則り、日本の全ての山の神様に「123便の軟着陸を受け入れたお山の神様がいらしたら、手をおあげください」と問うたら、、

 

兵庫県宍粟市山崎町生谷

(ひょうごけん・しそうし・やまさきちょう・いぎだに)

に聳える(そびえる)「磐座」様が手をあげた(^_^;)。

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これは、わたしとミミズさんの意見が一致。

 

※ソフトランディングについて

兵庫県宍粟市の位置から、高知県上空を飛行したジャンボ機か?と考えたのだが、審神者の答えは「ノー」。

よって更に詳しい「霊視」の結果、、

 

:高知上空を飛行したジャンボ機は「第二の123便」である。

高天原山に導かれた「第一の123便」が、高天原山の山肌の角度に対して平行になってゆき、「垂直着陸体制」に入る。それはまさに、高天原山に抱かれる様な感じであった。

:胴体の下部が山肌に着くか着かないか?のところでジャンボ機の機体がポータル移動を開始。一瞬にして移動した先が、、、

 

従ってここでは、宍粟市の山である「磐座」こそ「本当のファーストサイト」であり、「第1機目の123便」乗員乗客に対するジェノサイドはここで行われたと結論づけたいと思う

 

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・北極ミミズ 2021年10月8日(木)22:20

 私はこの磐座山から下を見た風景を、これまで数回夢で見ています。夢では、山の上に立っています。そこには神社?もあるようです。周囲にはたくさんの人がいて、眼下には町が見えます。

 

 しかしその夢の都度

「あそこに降りていく必要がある」「下に降りなければ」

と思っているのですが、降りられないのでしょう。何度も同じ夢を見るので。

 

 私は夢で見たものを絵に描いていますが、まさしくここだと思います。

以上、続く

関連記事・「フェイク」を追求する(1)〜boosuka-asuka’s blog〜https://boosuka-asuka.hatenablog.com/entry/2020/12/30/184940(記事追加・2021年10月8日(金)01:48)

 

2021年10月8日(金)00:55

原稿・北極ミミズ

構成、校正、文責・ブースカ明日香

審神者/その13

ここ数日、北極ミミズさんに二回連続で、日本航空123便事件について「霊視」が降りてきたそうです。

ご本人の体力的なこと等も考慮されたのか?数日置いての続きもの、という形だったそうです。ちなみに2回目の「霊視(次の場面では〜〜)」は、なんと今朝のことだそうです。

非常に短く、かつ簡潔な文章ですが、この間改めて発表された日本航空123便事故関連のテレビ番組、ニュース記事、あるいは写真等に散見される「矛盾点解決」の糸口になれば幸いです。

2021年10月6日(水)22:30・ブースカ明日香

 

 私は123便の機体の上に立って周囲の風景を見ています。

「123便は墜落した」と報道されていますが、実際にはそんな酷い状況ではなく、山が突出した部分の角度にうまく沿うような状態でソフトランディングしました。木々の中に突入したのですが、大きな音が出たり、ましてや火災が起きるようなことはありませんでした。

 

 次の場面では、私はどうやら123便の乗客の一人であった成人女性が見ていた風景を見ているようです。

 飛行機の中では大騒ぎはなく、スチュワーデスさんもコックピットの乗員らしい制服を身に着けた男性も一緒になって、私たち乗客を安全に外に出るように誘導してくださっています。スタッフの人でしょう。

「大丈夫ですから、一列になってゆっくり歩いてください」

という女性の声かけがありました。

 外は暗いので、私は前を歩く男性の背中を見失わないように慎重に歩いています。木々が見えています。

「ゆっくり、ゆっくり」

と自分に言い聞かせながら、滑らない、転倒しないように歩いていきます。足元だけは、誰かが光を照らしてくれてくれているようで見えています。

 ふと、周囲の木々の間から黒い人影が見えました。なぜか恐怖を感じたところ、自分たちがその黒い人影に取り囲まれている!!と気が付きました。救援ではないことが瞬間的に理解できました。無言で近づいて来ます。私は全身が総毛立つ恐怖に捕われ、硬直しました。

〜以下、続く〜

 

2021年10月6日(水)22:41

霊視&原稿 北極ミミズ

構成、校正、文責 ブースカ明日香

ネタバレ、映画感想文(陰陽師、陰陽師Ⅱ)

先日、友人からのお薦めで、夢枕獏(ゆめまくらばく)原作、瀧田洋二郎(たきたようじろう)監督作品を立て続けに2本、ネットで鑑賞しました。映画の題名は「陰陽師」「陰陽師Ⅱ」。(おすすめ頂いた友人に感謝(^-^))

この中でわたしが特に印象に残ったのは、第一作「陰陽師」の冒頭、以下の三点です。

:二人の陰陽師が「天球儀」をクルリと回すシーン

:近江京から平安京へ、遷都祝いの屋外式典にて、一人の女性が人魚の肉を食べるシーン

:平安遷都は「四神相応の理(ことわり)を体現したものである」との説明シーン

 

中でも特に「四神」のシーンを観ている最中、これまでずっと「陰陽五行」や「占い」「寺社巡り」を含む、スピリチュアル関連に興味を持ったすべての人を「騙くらかしてきた大嘘」審神者として上から降りてまいりました。

 

これは「相手による世界支配」そのものを切り崩す、非常に重要な事柄ですので、皆さんにもご紹介し情報を共有したいと存じます。

 

※その前に、四神に関する「基本のき」のおさらいと、これまでわたしにおりてきた四神に関する「三つの訂正事項」を紹介します。

~四神に関する基本のき~

 

文章と画像は、「五社めぐり 四神相応 | 寺社めぐり | 京都の寺社 | 京都に乾杯 」https://www.kyotonikanpai.com/purpose/temple_shrine/jisha_meguri/gosha_meguri.phpからの引用

 

平安京が方角を司る四神、すなわち北の玄武、東の青龍、南の朱雀、西の白虎が守護する「四神相応の地」として造られたことは有名である。

 

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~~以下略

 

~四神に関する三つの訂正~

 

1)「四神」ではなく「麒麟(きりん)」を加えた「五神」こそが正解である。

2)「朱雀(すざく)」は呪詛名である。故に正しくは「鳳凰(ほうおう)」である。

3)「白虎(びゃっこ)」は「白狐(びゃっこ)」が正解である。

 

以上三点、特に「白虎←→白狐」の入れ替えに関する件は(くだりは)審神者を降ろしたわたし自身ですら「ヘ~、は~、ほ~」となってました(;^ω^)。ここまでくると、「相手」が長い年月をかけて構築してきた嘘八百の中身がなんとなくお判りかと存じますが、まずは上記の「基本のき」を、正しく書き換えてみましょう。

平安京、方角を司る「五神」すなわち

:中央に位置する「麒麟

:北に位置する「玄武」

:東に位置する「白狐」

:南に位置する「鳳凰

:西に位置する「青龍」

これら五つの護り神」たちを厳重に封印した「呪詛の中心地として造られたのである。

 

新しい考え方が示された時に必要なのが、それに対する傍証(ぼうしょう)ですよね。これも、上から降りて来るママに書き連ねて参りましょう。

まずは北から。

京都の北に位置する諸地域で特に重要なのは、元伊勢(もといせ)籠神社(このじんじゃ)のある「京丹後地方(きょうたんごちほう)」。

「丹後(たんご)宮津(みやづ)でピンと出した」でお馴染みの??宮津(みやづぶし)。その歌詞を精査すれば理由が良くわかるはず。《=京丹後は富の集積地》

そして「北の京都」と言えるのが、ロシアの首都「モスクワ」の「クレムリン」である。

 

お次は西。

京都の西側に「出雲」あり。ここには長い間「オロチ(=大蛇)」が封印されてきた(=既に過去形)。

オロチとは一匹の大蛇と二匹の九頭龍をさす。

出雲のオロチは大蛇であり、我ら日本人が「山陰、山陽」と呼ぶ「日本の中国地方」の大地と山脈は、二匹の九頭龍そのものである。

山陰・山陽の西側には「西京(さいきょう)」と呼ぶべき地域があり、その中心地は「福岡」である。

その「福岡の合わせ鏡」が、「シンガポール」であり「大英帝国(だいえいていこく)」である。

能古島(のこのしま)、淡路島、琵琶湖、グレートブリテン島は相似形である。(↓関連画像)

※10月6日(水)08:00、文章追加

福岡市にある、博多湾に浮かぶ能古島についての関連記事《→→芸能界の闇を追う:ニューミュージック編《九頭龍からの伝言》〜boosuka-asuka’s blog https://boosuka-asuka.hatenablog.com/entry/2019/01/03/210222

※世界地図上で日本とイギリスを結んだ時、直線にはならないがシンガポールがほぼ中心になる。

シンガポールはイギリス、日本と関係が深い。第二次世界大戦中日本が支配した時は「昭南島(しょうなんとう)」という地名であった。

※80年代、シンガポール日本人学校における地理教育では「シンガポールの面積は、淡路島とほぼ同一」と教えていたそうである。ちなみに現在は、広大な埋め立てにより面積が広がったため「東京23区と同様の広さ」と教えているそうである。

※福岡とイギリス→→昭和生まれの福岡市民の皆さんにはおなじみの「ショッパーズプラザ」や「ホークス」といえば、、。(^_^;)

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お次は南。

南の封印とは、言わずもがなの奈良、和歌山である。

ここで和歌山の「高野山」及び「熊野本宮大社」について一言述べておこう。実は、和歌山県の山岳地帯に位置するあの一帯には「元の地」がある。それが広島県東広島市である。地図を広げていただくとわかるが、そこには「熊野町」という地名が存在する。

この広島県にある熊野町こそ「元熊野」というべき神聖な地であり、本物の空海はこれを元に高野山を東広島にて開山したのである。

「相手」は「元熊野、元高野山」を何らかの美辞麗句で潰し、その後「当然の仕打ち」として、真実を知るもの全ての抹殺を行った。それはまぎれもない事実である。

そして、南の京都というべき都市は、清国(しんこく)の首都であった「南京(なんきん)」であり、南京の合わせ鏡が中華人民共和国の首都である「北京」である。

中国大陸における「15年戦争」で、大日本帝国軍の南京攻略の際、住民に対する虐殺(=南京大虐殺)がなされてしまったのは、鳳凰の封印のせいであると言っても過言ではないし、他方で、京都の封印の強化のために敢行された「愚かな作戦」であったともいえる。

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(上記三枚の画像=わたしの「旅のスクラップ帳」より)

 

お次は東。

京都市の東南に「伏見稲荷神社」がある。これこそが「白虎←→白狐」入れ替えの源泉であり象徴である。

無論、白い虎である「白虎」にも、とある重要なお役目はあるのだが、その本来のお役を果たすためには「びゃっこ」の呪いを完全に断ち切る必要がある。

そして東の京都は「江戸・東京」であり、その合わせ鏡が「ワシントンD.C.」である。

 

それでは最後に、京都そのものの呪詛封印がどうなっているか、詳しく見ていくことにしましょう。

その一。

京都の呪詛の中心地は、JR京都駅である。

 

その二。

北野天満宮をはじめとする、いわゆる「祟り封じ系(たたりふうじけい)と呼べる寺社仏閣の一群があるが、あれらはこれまで縷々(るる)述べてきた全てを画策してきた歴代陰陽師たちの不始末を取り繕うために作られたものであり、朝廷に対する祟りなど一切存在していなかったのである。

因みに、ここでいうところの「不始末」とは、坊主・神主・キリスト教宣教師などに姿を変えた陰陽師たちが仕掛けた「呪詛封印」に対する返し矢に過ぎなかったのである。

従って、早良親王(さわらしんのう)崇神天皇(すじんてんのう)菅原道真(すがわらのみちざね)平将門(たいらのまさかど)をはじめとする「祟り神たたりがみ→漢字に要注意」という名の冤罪被害者達、濡れ衣を着せられた全ての存在。

さらには「餓鬼」として封印されている「名もなき全ての者たち」その一切をお救いすることが必要である。《実はそのため、わたくしと京都にご縁のある数人のメンバーで、この九日(土)〜十日(日)、京都ミッションを敢行します(^^;;》

 

その三。

京都の呪詛の元締めにはいくつかの系統、系譜がある。その代表的な一つが、土御門家(つちみかどけ)をはじめとする、天皇の側近として「陰陽寮」に属していた者たち。そしてもう一つが、天皇家と深い関わりのある「比叡山」である。

《※明日香>土御門家について、ネット検索で検証していた際、次の様な記述を見つけました。曰く、存亡の危機にあった土御門流が復興したのは第二次大戦後の事である。これは穿った見方をすると、戦争に協力したがために、お家再興をなし得たとも読み替えることが可能ですが、真相やいかに。?》

 

※これら京都に関する呪詛・封印を完全に解いた時、一体全体なにが起こるのか?それとも何かが始まるのか?あるいは何が終わるのか?

キーワードは、、

京都とは呪詛の反射鏡であり、拡大鏡であり、万華鏡である

 

これまで「京都の支配など単なるお飾りに過ぎず、闇の権力の解明に関して言えば、さして重要じゃない。」と思い込んでいた事、そのものが間違いでした。京都の呪詛封印を完全に除去する事は、裏権力、闇権力の炙り出し(あぶりだし)に非常に重大な効果を発揮する様です。どういうことか?

これまでは→→

「相手」が己の本拠地で「一」の仕事をしたら、京都という「鏡」を通じて「一が十になり、百になり、千になり、万になり〜〜」だった。

 

これからは→→

それが一切無効となり、「一の仕事は一のまま」になる。

 

これで支配者である「相手」は、被支配者であるわたしたちと同様、大きな仕事をするためにそれ相応の努力をせねばなりません!!。ですから、支配のために大変なご苦労を重ねる術者の居場所など、みなさんにすぐ知れ渡ることになるのです。

 

次に重大なことは、日本航空123便事件にも関わる秘密が開示されること、それは間違いありません。

これに関して先日、わたし以下数名の審神者」が一堂に集まりチームを結成。みんなの力で、様々な関係者(死者、死亡とされているが生きている方、生きてらっしゃる人の「上の方」)に来て頂き、直接やりとりしながら証言を集めました。

以下、簡潔にまとめます。

中曽根康弘八百比丘尼、存命)

 

日本航空123便撃墜計画が始動したのは、ブースカ明日香が誕生した1963年。この年、昭和38年に生まれ落ちた世界の全ての赤子を精査し、我らの邪魔立てをする者の確定と、その人生に対する介入を企てた。

 

・テレビジョン=電波という我らの武器を一般人に解放したのは、我ら組織のメンバーに対する号令装置が必要だったことと、邪魔者に対する懐柔を狙い、最終的には仲間として引き入れるための道具としての活用が認められたからなのだ。《明日香>八百比丘尼は時空を超越することが可能であることに留意》

 

・昭和38年生まれにとって、22歳とはこの世界からの今生の別れの年になるはずだったが、そうはならなかった。《明日香>22歳の別れ=かぐや姫の楽曲》

 

・我らがたてた123便撃墜プランを組織の末端まで知らせたのは、1981年2月5日のことだった。しかしその計画はことごとく狂いが生じ、結局失敗と、、いや、惨敗と言える状況に追い込まれてしまったのは、お前たちの推察通り。

 

・乗客名簿に関しても、死んだ事にして生き残るべき者とそうでない者、きちんと分けていた。一例をあげれば、ナショナル(現パナソニックの技術者たち、あれは名簿上だけの乗客だ。彼らが保有する「トロン」は、我々の保護下で完成したのだよ。《明日香>ヒューマノイドを創り出した「龍人」を神と仰ぐ者たちにとって、人そのものが保有の対象物である(~_~;)》

 

・我らは証拠隠滅のために、三ヶ所で大規模な「作業」をする必要性が生じた。そのために長野、群馬、山梨、新潟、千葉、埼玉、東京、栃木、茨城、静岡と普段なら首都防衛の最前線に立つべき精鋭部隊を投入せざるを得なかった。その作業内容であるが、二ヶ所は「全員の抹殺」、後の一ヶ所が「偽装工作」。これが朝までに完了できなかった。そのため「生存者」が発見されてしまうという失態まで犯してしまった。結局我々は、様々な後始末をせねばならなかった。

 

・ところが、我らお抱えの占い師からの御託宣(ごたくせん)は『生存者は絶対に殺してはならぬ。彼ら《明日香>彼ら=彼ら、彼女ら》が自然死するまで生きながらえさせよ。然もなくば、我ら組織の構成員は全て潰え去る(ついえさる)であろう。』という衝撃的なものだったのだ。

 

・そこで我らのとった次善策は、彼らを「神隠し」にする事だったのだ。生き残った彼らは今でも「隠れ里」で生活している。《明日香>隠れ里=彼らの創り出した異次元空間》

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

※123便事件の生存者が隠れ里で生活している、という証言を確認するため、我々が知る生存者の「うえのかた」に我らの元に来ていただき、お話を聞くことになりました。

 

:123便事件生存者代表、Kさんの上の方(以下K。インタビュー形式)

 

審神者>わたしたちの認識では、貴女はアメリカに渡り看護師になっているのですが?

 

K>アメリカには行ってませんし、学校にも行ってません。まして看護婦にもなっていません。ここがどこかはよくわからないけど、どこかの山の中でまさに隠遁生活というべき暮らしを送っています。とにかく帰りたい。

 

審神者>了解です。ちょっと調べてみましょう。

→→呪術によって形成された山の中の「隠れ里」に閉じ込められていますね。場所は滋賀県に聳える(そびえる)霊仙山(りょうぜんさん、滋賀県犬上郡霊山)の様です。

念のため、我らが知るもう一組の生存者にも聞いてみましょう。

 

:Yさん親子の上の方に来ていただきます。

 

審神者>貴女たちはどこにいますか?

 

Y>わかりません。わかりませんが、まさに隠れ里としか言いようのないところです。何度も山を越える試みをしましたが、いつのまにか元に戻っていることの繰り返しでした。

 

審神者>Kさんのことはご存知でしょうか?

 

Y>全く存じ上げておりません。

 

審神者>承知しました。どうやら「隠れ里」は何ヶ所も存在する様ですね。

 

Kさん、Yさん、これまで隠れ里は、霊体の出入りすら決して許されない場所であり、もし霊体の離脱〜帰還が見つかってしまうと、恐怖の罰則が適用されました。しかし今日、これから、それらの罰則は完全に無効になります。くにとこたちのおおかみさまの決まり事が何よりも優先されます。

今しばらくお待ちください。もうすぐです。わたしたちは必ずや、あなた方が住んでいる隠れ里の鍵を開きます。そして皆さんたちとともに、神世へと進んでいける様にいたします。

以上

 

と、ここまでの審神者が終了した時ふと降りてきたことがありました。それは、わたしがブログ記事として書いた予言の中の文言。「勇敢な三人の若者は、飛行機ではなく山から歩いて降りてくる」。この「三人の若者」とは、隠れ里に隔離されている生存者の方々ではなかろうか?ということです。

 

いずれにせよ、京都の完全浄化は「123便事件」の完全解決と、各地に点在する「隠れ里」の解放にとって、必要不可欠な事項である事は間違いありません。

 

 

今回の記事の最後に、豊玉姫の魂を引き継ぐ女性とのやりとりを紹介します。ご一読くださいませ。

豊玉さん>

 宇宙人、爬虫類人外、八尾比丘尼

 支配権あるのがこの3つとしたら、三者の区分はどうなってるんだろう。政治家、芸能人、音楽家、漫画家、アニメクリエーターなどなど広義の意味でのメディア関係者がね、いつ結社に取り込まれるのか?生まれ落ちたときからその道に入ることが決まってるのかこれを考えてるの。

 

明日香>

 おそらく、生まれ落ちてすぐに、なのでしょう。組織から足を洗うのは相当難しいはずです。

 

豊玉さん>

 じいっと、長い長い何百年もの間にお利口さんに生きて見守ってくれたらいいのにね、神様のように。でもそうじゃないのよね。

  全く良心がないので殺せる、

  良心はないけど人間関係でまあなんとかやっている、

 確かに2択ですよね。良心あるサイコはいないような気がします。

 

明日香>

 電磁波、放射能、空間操作

と降りてきました😅💦

 人という存在を作り出したのはいいけど、何によって自分たちに都合よく人々を動かすか?そのやり方がそれぞれで違うみたいです。もちろん共有できる部分もあるかもしれません。

 が、例えばバンパイアの能力は、八百比丘尼は持ち得ない、とかあるのでしょうね。

 

豊玉さん>

 単純に言うと、飲血人食をしない八尾比丘尼もいると?

 

明日香>

 克服した存在はいるはず。と、信じたい(^◇^;)

 純潔と混血の違いが決定的なようです、、もちろん、なまやさしいものではないでしょう。

 それでも、たかだか人間世界は数千年、数万年の話しでしょうから、、全ての記憶と記録を思い出せるようになれば良いのではないだろうか?と思います。

 

豊玉さん>

 そうですね。

 

明日香>

 あと、サイコパス。人を捕食するのですから、人に対する共感能力など不必要なはず。しかし、それしかなかったらどちらかが絶滅する、その上で、完全な消滅しかない。困ったもんです。

 つまるところ、これの解決のためには、人も、人外も、人体を構成する「組成」そのものから完全変化するしかないのではなかろうか?と考えています。

(その他、参考にした映画:カイジ寄生獣ガンツ帝都物語、他)

以上

 

2021年10月5日(火)13:18

審神者&記す ブースカ明日香

審神者12に対するブースカ明日香の意見

今回、北極ミミズさんの原稿を編集している中で重大なことに気がつきました。
 
 山の中であれ、墜落したのならその場所は確定できないはずはないのです。地上の人間は、聴覚や視覚で認識できるはずですし、ましてや自衛隊、警察、消防、さらには報道関係の航空機やヘリコプターが現場付近に結集していたはずですから。【←←ここ、重要>明日香】
 
の記事で、様々な立場の方々に内部告発を呼びかけましたが、ここで改めて、関係者諸氏に訴えたいと存じます。
 
自衛隊、警察、消防、さらには報道関係の航空機やヘリコプターが現場付近に結集していたはず。
この時に航空管制をしていた方、是非内部告発をお願いします!!
 
わたしのブログを読んでいる皆さんは、バリバリの現実主義者、無神論者から陰謀論者まで、まさに様々な立場と思考をお持ちでありましょうが、その「みなさん」よーくお考えください。事故現場を目指して一斉に飛び立つ各種航空機は、一体誰の許可を得て各飛行場を飛び立ったのでしょうか?
 
123便で生き残った方の貴重な証言、さらには、上空を飛び回る「飛翔体」を目印に現場に向かったというマスコミ関係者などの証言。
 
この日本で、しかもまっ暗な中を、管制塔の指揮なしで航空機やヘリコプターが自由自在に、飛び回れるのでしょうか?
もちろん、絶対にダメですよね🙅‍♀️
 
わたしが気付いた疑問は、例えどのような思考、信条、さらには現世をどのように見るか?の違いを超えて、まさに「三次元の常識として解明できるものである」と確信します。
 
って、そんな大袈裟に騒ぐような新発見なのしら????

空騒ぎに過ぎなかったら、ごめんなさい・・・

 

2021年8月23日(月)00:08

記す ブースカ明日香